技術用語解説 vol.7「ASMR」

技術用語解説 vol.7「ASMR」

音響やオーディオ技術に関する専門用語、音響やオーディオの研究開発において必須な物理、数学等の学問で用いられる用語、音響やオーディオ技術のトレンドとして注目している技術に関する用語などを紹介します。

1. はじめに

ゾワゾワした感覚や心地よさを感じる現象として最近話題のASMRですが、ASMRという言葉は動画などのコンテンツを意味して語られる場合と、動画の視聴などに伴い人に生じる現象を意味して語られる場合とがあります。今回は、特に現象に注目し、既往研究で報告されていることなどを簡単にまとめご紹介します。

2. ASMRとは

ASMRとは、Autonomous Sensory Meridian Response の頭文字をとった略語であり、日本語では自律感覚絶頂反応と訳されます。ASMRは特定の種類の視聴覚刺激に反応し、「ゾワゾワ」や「ゾクゾク」といった言葉で表されるような感覚をもたらす現象です。この感覚は英語で「Tingling sensation」などと表されます。ASMRは心地よさやリラックス感を伴うことが特徴とされており、ポジティブな感覚をもたらすと考えられています。

図1はASMRで生じるゾクゾク感の生じる位置と広がり方を示しています[1]。ASMRで生じるゾクゾク感は、頭皮の裏側から始まり、背骨に沿って下降していきます。その後、肩にかけて広がっていきますが、どこまで広がるかには個人差があるようです[1, 2]。また、ゾクゾク感を必ずしも感じるわけではなく、生じる感覚にも個人差があります。



図1 ASMRによるゾクゾク感の生じる身体部位
(文献[1] Figure 1より日本語訳を付記して引用、訳は筆者作成)


ASMRコンテン
ツ視聴者のみによる回答というバイアスがかからないような方法で行われたアンケート調査結果によると、ASMR感受性を有するのは男女ともに 6 割程度であり、男女の性差は認められないことがわかったと報告されています[3]。また、ASMRコンテンツの視聴習慣としては、就寝前が好まれることも報告されています[3]。ここから、ASMRコンテンツ視聴者は、睡眠への導入としてASMRによるリラクゼーション効果を利用していると考えられています[3]。実際に、ASMR体験中に副交感神経が活性化し脈拍が低下することを示す研究結果もあります[4]。さらに、ASMR体験後にネガティブな気分状態が減少することも示唆されており、ASMRには一定のリラクゼーション効果があると考えられています[5]。

ASMRに近いゾクゾク感をもたらす反応として、音楽聴取時の「鳥肌感」を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。鳥肌感とは、音楽によって喚起される強烈な情動反応のうち、英語で「chill」、 「thrill」、もしくは「frisson」などと呼ばれる現象で、鳥肌が立つ主観的な感覚のことを指します[6]。ASMRも鳥肌感も、英語で「frisson」と表されるような感覚をもたらす点で類似していますが、実際は、鳥肌感とASMRは別物だと考えられています。その理由として、ASMRと鳥肌感ではゾクゾク感が生じる身体の部位が異なる点が挙げられています[7]。鳥肌感の場合、ゾクゾク感が生じる部位は「前腕部」であるのに対し、ASMRの場合、前腕部ではゾクゾク感がほとんど生じません。そのため、ASMRと音楽聴取時に生じる鳥肌感は異なるものであると考えられています[7]。

もう一つの理由として、ASMRと音楽聴取時に生じる鳥肌感では、快・不快の感じ方が異なる点も挙げられています[7]。音楽聴取時に生じる鳥肌感は、寒さや恐怖などによる一般的な鳥肌とは異なり、感動的な体験、つまり快を感じさせるような体験で生じます。一方、ASMRは必ずしも快を感じさせる体験とは限りません。同じASMRコンテンツを試聴しても、快を感じる人と不快を感じる人の両方が存在します。

ASMRに類似した現象として、鳥肌感の他に、「音嫌悪症(Misophonia)」や「共感覚(Synaesthesia)」などがあげられる場合もあります。音嫌悪症は、他の人が発する音に対して嫌悪や怒りの情動が惹起され、回避的あるいは攻撃的な行動を表出する症状のことです[3]。共感覚は、一つの感覚刺激に対し複数の感覚が反応することで、例えばある音を聞いて特定の色を感じるような現象です。いずれの場合も、ASMRと類似する部分はあっても現象としては異なるものと考えられています[8]。

3. ASMRの歴史

ASMRは研究室での実験などから見つかった現象ではなく、市民科学から議論が始まりました。2007年、健康関連のインターネット掲示板に、「Weird sensation feels good」と題するスレッドが立ち上がりました。スレッドの題名を直訳すると、「奇妙な感覚が気持ちいい」です。このスレッドには同様の現象を経験したことのある人が集まり、議論が発展していきました。この掲示板での議論を元に、次第にコミュニティは広がっていき、同様の現象も広まっていきました。

議論されていた現象は、当初、「unnamed feeling」、「Brain Orgasm」、「AIHO (Attention Induced Head Orgasm)」、「AIE (Attention Induced Euphoria)」、「AIOE (Attention Induced Observant Euphoria)」 など、さまざまな名称で呼ばれていました。ASMRと呼ばれるようになったのは2010年になってからのことです。それまでこの現象は、「orgasm」のような議論するのに少し躊躇するような言葉を用いて表されることがありました。ASMRの名付け親とされるJennifer Allenは、より多くの人が議論に参加しやすい言葉を選んだと述べています[9]。実際に、ASMRと名付けられた現象は急速な広がりを見せました。

筆者が検索ワード「ASMR」についてGoogleの検索トレンドを調査した結果を図2に示します。世界的には2012年ごろから、日本では2015年ごろから徐々に検索され始め、右肩上がりの水準のままここ数年で一気に検索されている傾向が見て取れます。現在も高いトレンドを維持しており、特に日本ではまだまだ検索数が増加中だと言えます。

図2 検索ワード「ASMR」の検索数の推移
(Googleトレンド[10]の2024年7月22日時点でのデータより作成、最大値を100として正規化したグラフ)

世界での流行の始まりに比べ、日本でのASMRの広がりには少し遅れが見られます。この原因として、日本ではASMRと似た概念である「音フェチ」が一部に浸透していたからではないかと考えられています[7]。始めは類似した意味を持つASMRと音フェチが共存していましたが、ASMRの世界的な流行に伴い、2018年ごろをピークに徐々に音フェチの勢いは失速し、音フェチはASMRに取り込まれたと考えられています[7]。ただし、音フェチの概念が失われたわけではなく、キーワードとしてASMRと音フェチが併用される場合もあり、音フェチがASMRと混在して話されたり、記述されるようになったとも言えます。

ASMRが広がり始めた2012年は、SNSでASMRについて議論していたコミュニティが、「国際ASMRの日」を提案した年です。ASMRの詳しい歴史がまとめられている「ASMR UNIVERSITY」というWEBサイトでは、2012年3月10日に投稿された、以下の動画が紹介されています[9]。


現在、「国際ASMRの日」は毎年4月9日で、ASMRによって得られる独特の感覚や、それによってもたらされるメリットを認識する日とされています。日本でも「国際ASMRの日」が少しずつ広まり始め、4月9日にはYouTubeなどで特別なASMRコンテンツの配信が行われたり、SNSなどでハッシュタグによる投稿が盛り上がったりしています。

2015 年には、Emma L. BarrattとNick J. Davisにより、ASMRに関する最初の査読付き論文が投稿されました。この論文以降、ASMRに関する研究は年々増加しています。表1に年別の文献数を示しました。これは、学術文献検索サービス Google Scholarで、検索ワード「ASMR」に対して検索期間を2010年から2024年まで1年ずつ変化させた結果です。同じASMRで表される他の略語もあるため、2015年以前にも一定数文献はありますが、2015年以降ASMRに関する研究が増加していることがわかります。

表1 ASMRについての文献数の推移(2024年7月22日時点)


ASMRについての研究では、アンケート調査や生理学的な反応を測定する実験など、ASMRの発生を確認するためのさまざまな手法が試されています。また、ASMRを引き起こしやすい刺激の特徴を探る研究なども行われています[2, 11-13]。

4. ASMR刺激について

ASMRコンテンツは主に視聴覚刺激として、動画の形でYouTubeやTikTokなどの動画共有プラットフォームに投稿されています。他に、ポッドキャストに音声のみの聴覚刺激として投稿されているものもあります。ASMRについてのアンケート調査結果からは、一度に視聴する ASMR 動画は数種類で、個人ごとに好みの動画内容が固定されている可能性が示唆されています[3]。

筆者が普段視聴する動画には、中華料理の仕込み風景を撮影したものがあります。包丁とまな板に意図的に近い距離で録音された音は、大量の仕込みを行う中でリズミカルに繰り返されます。食材がほぼ均一な形状で切られる視覚的な気持ちよさと、一定の間隔で提示される音による聴覚的な気持ちよさが相まって、心地よさを感じます。投稿される動画の中には、「ASMR」とタグ付けされた意図的なものもあれば、単に仕込みの風景を撮影しただけのものもあります。筆者自身も、感じる心地よさがASMRに相当するのか、そうではないのかはよくわかっていません。

ASMRを引き起こす刺激は、動画だけではありません。日常生活の中で感じる刺激がトリガーになる場合もあり、何がAMSRを引き起こすトリガーとなるかは個人ごとに異なると言われています。一般にASMR を引き起こす刺激(トリガー)は、以下の4つに分けられます[7]。

  1. 聴く刺激
  2. 触る刺激
  3. 見る刺激
  4. 個人的趣向

刺激は4つの内のどれか一つで構成されるのではなく、多くは複数の組み合わせによって構成されます。動画がASMRコンテンツとして主流となっているのは、「聴く刺激」と「見る刺激」を合わせて提示することができ、ASMRを感じやすいコンテンツになっているためだと考えられます。
刺激の特徴とゾクゾク感の関係については、聴覚刺激のみを用いた実験の結果、以下の場合にゾクゾク感が高まることが報告されています[2, 11, 12]。

・音が大きくなるとき
・音色が暗くてコンパクトなとき
・音が耳に近いとき
・音源が止まっているときに比べ動いているとき

音色がコンパクトとは、刺激の平均帯域幅とゾクゾク感の間に負の相関が示されたことから、周波数帯域が狭いことを指します[2]。

また、モノ音源の両耳聴取に対しバイノーラル音源で有意にゾクゾク感が高くなること、両耳間レベル差(Interaural Level Difference: ILD)とゾクゾク感の間に正の相関があることも報告されています[12]。これは、音源と耳の距離が近いほどゾクゾク感が高まることを示唆しています。以上より筆者は、ASMRコンテンツがバイノーラル録音されている場合、録音時の空間位置を適切に再現することができれば、よりゾクゾク感が得られると考えます。 ASMRを引き起こしやすい具体的な刺激としては、「ささやき」「ロールプレイ(顔に触れられるなど)」「カサカサ音(金属ホイル、爪でたたく音など)」「ゆっくりした動作」などが報告されています[1, 14]。また、ASMRは、聴覚刺激のみの場合よりも、視聴覚刺激の場合の方がより強くなることが報告されています[15]。

ASMRでは、ポジティブとネガティブな反応の両方が生じる可能性がありますが、基本的にはポジティブな体験として認知されています。これは、ASMR刺激による経験を繰り返し、ポジティブな体験だったという正のフィードバックを蓄積した結果だと考えられています[7]。したがって、個人的趣向は、ASMR体験をポジティブもしくはネガティブのどちらに感じるかに影響を与えると考えられます。

5. ASMRのメカニズムに関する仮説

ASMRが発生するメカニズムについては、今のところはっきりとわかっていません。生理的な反応によりASMRの発生を確認する手法も試みられていますが、ASMRの感じ方には個人差が大きく、再現性を保って検証するのが難しいのです。また、ASMR感受性の発達過程についてもほとんど調べられていません。幼児を対象とした実験では、幼児はASMR動画から快情動を感じていないことが示されており、幼児期の時点ではASMR感受性が獲得されていない、あるいは未発達であると考えられています[16]。ASMRがどのようなメカニズムで発生するのか、人々がどのようにASMR感受性を獲得していくのかなど、ASMRについてはまだ解明されていないことが数多くあると言えます。

ASMRのメカニズムに関して、山田は著書の中で、感情を軸にしたASMRメカニズムについての仮説を展開しています[7]。山田は、ASMRコンテンツが注目されるようになった要因として、比較的短時間で大きな感情を経験できることと、2020年の新型コロナウイルス(COVID-19)流行下に失われた肌触りや温感などの触覚がASMRコンテンツにより呼び起こされることを挙げています。

ASMRに類似した現象と考えられている鳥肌感は、感動体験をもたらすような強烈な情動反応です。山田は、情動を包含する概念として感情を代わりに用いて、鳥肌感が「感動」のような強烈な情動を呼び起こすのと同様に、ASMRも強い感情を呼び起こすものなのではないかと述べています[7]。ラッセルの感情円環理論において、感情を表す言葉がほぼ円環状に並べられること、また、我々の基本的な感情が横軸「快-不快」と縦軸「覚醒-鎮静」の2軸で表せることが示されています[7]。これを踏まえ、山田は、ASMRによって呼び起こされる感情とは、図3に示す感情円環、もしくはその外側に位置するような非常に強いものだとする仮説を立てています[7]。


図3 感情円環モデルと基本感情(文献[7] 図3-3を元に作成)

非常に大きな感情は、記憶と結びついて喚起されます。記憶はそれを経験した人のものであるため、その記憶が快の感情と結びつくか、不快な感情と結びつくかは個人ごとに異なります。これがASMRの個人性を生み出す原因ともなると山田は考えています[7]。

山田は次に、聴覚と触覚の類似性について触れています。聴覚と触覚は器官の形成過程が似ていて、大脳の処理系ではともに側頭葉で処理されます。ASMRによる聴覚と触覚の結びつきは、非常に大きな感情により漏れ出した情報が、側頭葉で処理されるときに結びつくことによると述べています[7]。

最終的なASMRメカニズムの仮説としては、ASMRコンテンツによる入力としての聴覚情報が、自身の記憶と結びつくことで大きな感情を呼び起こし、聴覚と近い感覚器官である触覚に、あたかも本当に刺激があったかのような感覚を喚起するというものです[7]。

6. ASMRの発生を確認する手法

ASMRの発生を確認する方法として主に用いられているのは、被験者にASMRの発生を回答してもらう方法です。一方、生理学的にASMRの発生を直接確認する手法は確立されていません。ASMRの発生やその程度を客観的に観察する方法についてはさまざまな法が試みられています[4, 15, 17-20]。現在は、ASMR の発生に対する被験者の自己申告と、生理学的な観察可能な要素を関連付ける方法がとられています。具体的な研究事例としては、瞳孔測定(拡縮)、脳波測定(アルファ波)、脈拍測定(低下)などがあります。

・瞳孔測定(拡縮)
Eye trackerを用いて、ASMR コンテンツ視聴時の瞳孔径を測定し、瞳孔径の変化を観察します。ASMRが生じているときにボタンを押すことで、ASMRの発生と瞳孔径との関係を確認しており、視覚刺激を用いた実験では、ASMR 刺激の瞳孔径に有意な増大がみられたと報告されています[18]。また、聴覚刺激のみを用いた別の実験では、ASMR体験時に、瞳孔径の拡大との正の相関がみられたと報告されています[19]。

・脳波測定(アルファ波)
Electroencephalography(EEG、脳波測定)では、頭皮に設置したセンサーを使用して、神経細胞群のイオン活動の変化を測定します。EEG波のうち、デルタ波(<4 Hz)は深い睡眠と関連し、アルファ波(8–12 Hz)はリラックス状態と関連し、ベータ波(16–31 Hz)はより活発な状態で発生し、ガンマ波(>32 Hz)は体性感覚および感覚運動応答を反映します[20]。つまり、ASMR体験時の異なるEEG波の発生率を調べることで、その瞬間に身体が体験しているプロセスの種類がわかります。ASMR に敏感な人が、 ASMR に関連する聴覚刺激と ASMR に関連しない聴覚刺激を聞いた場合を比較した結果から、ASMRは前頭および頭頂部位のアルファ活動の増加と関連していることが報告されています[20]。また、ASMR体験時の脳活動を ASMR体験前の脳活動と比較したところ、前頭部活動の増加が検出されたと報告されています[20]。

・脈拍測定(低下)
Photoplethysmography(PPG、光電脈波測定)を用いて、脈波を測定し、脈波の変化を観察します。ASMRが生じているときにボタンを押すことで、ASMRの発生と脈波との関係を確認した結果、ASMR 体験中は脈波の振幅が増加し、脈拍数が減少したと報告されました[15]。この結果から、ASMRが副交感神経を活性化させると考えられています[15]。別の実験では、ASMR動画視聴中のASMR経験被験者群は、ASMR非経験被験者群に比べ心拍数が有意に低下し、皮膚コンダクタンスレベルが有意に上昇したと報告されています[4]。

これらの研究の中には、ASMRを経験したことがある被験者群と、ASMRを経験したことがない被験者群とを分ける場合があります。これは、ASMRの感受性には大きな個人差があるためです。

自分の ASMR 感受性を測る尺度として、ASMR-15尺度が提案されています[21]。表2に、ASMR-15尺度の質問項目を示します。
ASMR-15は、4つの異なる特性:意識変化(AC=Altered Consciousness)、感覚(S=Sensation)、安静(R=Relaxation)、情動(A=Affect)を評価する15項目からなる質問票です。

「意識変化」は、知覚や意識の変化についての項目です。
「感覚 」は、身体の感覚と部位についての項目です。
「安静」は、落ち着きやリラックスに伴う覚醒状態についての項目です。
「情動」は、感情的な経験の側面についての項目です。

回答者は、それぞれの項目について、1(まったく同意しない)から5(まったく同意する)までの5段階のリッカート尺度で回答します。得点が高いほどASMRを経験する傾向が高いこと、つまりASMR感受性が高いことを示します。

表2. ASMR-15尺度(文献[21] Table 10を元に作成)



*変性意識状態(Altered States of Consciousness: ASC)は心理学の用語で、以下のように定義されています[22]
「変性意識状態とは,人為的,自発的とを問わず,心理的,生理的,薬物的あるいはその他の手段,方法によって生起した状態であって,通常の覚醒状態に比較して,心理的機能や主観的経験における著しい差異を特徴とし,それを体験者自身が主観的に認知可能な意識状態である。一見すると,異常性,病理性,現実逃避性,退行性の要素も見られるが,究極的には根源的意識の方向性をもった状態である。」 つまり、意識はあるが通常とは異なる状態にあることを指しています。

7. おわりに

ASMRコンテンツは、ダミーヘッドマイクロホンを用いて録音されたバイノーラルサウンドである場合が多いようです。バイノーラルサウンドはスピーカーでの再生ではなく、イヤホンやヘッドホンで再生されることを前提としています。しかし、イヤホンやヘッドホンであればどのようなものでも良いというわけではありません。今回ご紹介した既往研究において、音源の距離感とゾクゾク感の間には有意な関係があることが分かっています。つまり、ASMRコンテンツをより楽しんだり、ASMRをより強く感じたりするためには、コンテンツに含まれる、製作者の意図した音の位置を正しく再現できるようなイヤホンやヘッドホンを使うのが望ましいと考えられます。

従来イヤホンやヘッドホンの設計において用いられてきたターゲットカーブは、2chステレオ再生に適したものであり、バイノーラルサウンド再生時には音像定位や距離感などをコンテンツ制作者の意図したとおりに再現できないという問題がありました。こうした問題に対し、finalでは研究の結果、イマ―シブ・バイノーラルサウンドにおいて、従来のターゲットカーブに比べ、コンテンツに含まれる空間印象の再現性能が有意に高いターゲットカーブを発見しました[23]。

finalでは、このような独自の研究成果に基づき、音像定位に特化したイヤホンを展開しています。

ASMR専用有線イヤホンとして定番のfinalのイヤホン「E500」は、この研究成果を応用した最初の製品です。


図4 final E500

また、agから展開しているワイヤレスイヤホン「COTSUBU for AMSR MK2/3D」は、「E500」の音質を更に進化させた、世界初のASMR専用完全ワイヤレスイヤホン「COTSUBU for ASMR」の後継機となっています。



図5 (左) ag COTSUBU for ASMR MK2、(右)ag COTSUBU for ASMR 3D

さらに、「VR500 for Gaming」は、文献[23]で得られたターゲットカーブに最も拠した音響設計を行った製品です。


図6 final VR500 for Gaming

これらのような、バイノーラル音源を聴取する際に、コンテンツ制作者の意図した音の定位をより正しく再現できるイヤホンを用いることで、ASMRコンテンツをさらに楽しむことができると考えています。


謝辞

本稿執筆にあたり多くの助言をいただいた、九州大学大学院 芸術工学府 芸術工学専攻 音響設計コース 修士課程の秋山俊宏氏に深く感謝いたします。


〈参考文献〉

[1] E. L. Barratt and N. J. Davis, “Autonomous Sensory Meridian Response (ASMR): A flow-like mental state,” PeerJ, 3, e851 (2015). https://doi.org/10.7717/peerj.851

[2] T. Koumura, M. Nakatani, HI. Liao, and H. M. Kondo, “Dark, loud, and compact sounds induce frisson,” Quarterly Journal of Experimental Psychology, 74(6), 1140-1152 (2021). https://doi.org/10.1177/1747021820977174

[3] 多田奏恵, 長谷川龍樹, 近藤洋史, “日常の音に対する感受性── ASMR, 音嫌悪症, および自閉症傾向──,” 心理学研究, 93(3), 263-269 (2022).  https://doi.org/10.4992/jjpsy.93.21319

[4] G. L. Poerio, E. Blakey, T. J. Hostler, and T. Veltri, “More than a feeling: Autonomous sensory meridian response (ASMR) is characterized by reliable changes in affect and physiology,” PLOS ONE, 13(6), e0196645 (2018). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0196645

[5] 寳﨑大悟, 江崎貴裕, 近藤洋史, “自律感覚絶頂反応(ASMR)による副交感神経系の活性化,” 日本心理学会大会発表論文集, 87巻, 日本心理学会第87回大会, セッションID 1D-045-PH, p. 1D-045-PH (2023).  https://doi.org/10.4992/pacjpa.87.0_1D-045-PH

[6] 森数馬, 岩永誠, “音楽による強烈な情動として生じる鳥肌感の研究動向と展望,” 心理学研究, 85 巻, 5 号, p. 495-509 (2014). https://doi.org/10.4992/jjpsy.85.13401

[7] 仲谷正史, 山田真司, 近藤洋史, 脳がゾクゾクする不思議 ASMR を科学する (岩波書店, 東京, 2023).

[8] A. Mahady, M. Takac, and A. De Foe, “What is autonomous sensory meridian response (ASMR)? A narrative review and comparative analysis of related phenomena,” Consciousness and cognition109, 103477 (2023). https://doi.org/10.1016/j.concog.2023.103477

[9] ASMR University, “History of ASMR,” https://asmruniversity.com/history-of-asmr/ (参照 2024-07-16).

[10] Google, “Google Trends,” https://trends.google.co.jp/trends?geo=JP&hl=ja (参照 2024-07-05).

[11] T. Koumura, M. Nakatani, HI. Liao, and H. M. Kondo, “Deep, soft, and dark sounds induce autonomous sensory meridian response,” bioRxiv (2019). https://doi.org/10.1101/2019.12.28.889907

[12] S. Honda, Y. Ishikawa, R. Konno, E. Imai, N. Nomiyama, K. Sakurada, T. Koumura, H. M. Kondo, S. Furukawa, S. Fujii, and M. Nakatani, “Proximal binaural sound can induce subjective frisson,” Frontiers in Psychology, 11, 316 (2020). https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.00316

[13] 福本誠, 南震, “対話型進化計算によるユーザの感性に合うASMR音生成,” 感性工学, 21巻, 5号, p. 209-214 (2023). https://doi.org/10.5057/kansei.21.5_209

[14] E. L. Barratt, C. Spence, and N. J. Davis, “Sensory determinants of the autonomous sensory meridian response (ASMR): Understanding the triggers,” PeerJ, 5, e3846 (2017). https://doi.org/10.7717/peerj.3846

[15] K. Tada, T. Ezaki, and H. M. Kondo, “The autonomous sensory meridian response activates the parasympathetic nervous system,” PREPRINT (Version 1) available at Research Square (2021). https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1026254/v1

[16] 徳田真也, 芳賀裕子, 上田真名美, 森田磨里絵, 板倉昭二, 近藤洋史, “幼児は自律感覚絶頂反応を体験できるのか,” 日本心理学会大会発表論文集, 87 巻, 日本心理学会第87回大会, セッションID 2A-048-PH, p. 2A-048-PH (2023). https://doi.org/10.4992/pacjpa.87.0_2A-048-PH

[17] 今田百香, 西明亜由, 本田優貴, 土屋瞳, 和食麻衣, 河本政人, 吉村耕一,” ASMRを客観的に評価する試み,” 科学・技術研究, 13巻, 1号, p. 47-53 (2024). https://doi.org/10.11425/sst.13.47

[18] N. V. Valtakari, I. T. C. Hooge, J. S. Benjamins, and A. Keizer, “An eye-tracking approach to autonomous sensory meridian response (ASMR): The physiology and nature of tingles in relation to the pupil,” PLOS ONE, 14(12), e0226692 (2019). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0226692

[19] A. Takeuchi and G. B. Remijn, “The relation between pupil dilation and positive affective feelings induced by ASMR-sounds, music, and other sounds,” Presented at the International Conference on Music Perception and Cognition 2023 (ICMPC17/APSCOM7), Aug 24, 2023.

[20] B. K. Fredborg, K. Champagne-Jorgensen, A. S. Desroches, and S. D. Smith, “An electroencephalographic examination of the autonomous sensory meridian response (ASMR),” Consciousness and Cognition, 87, 103053 (2021). https://doi.org/10.1016/j.concog.2020.103053

[21] N. Roberts, A. Beath, and S. Boag, “Autonomous sensory meridian response: Scale development and personality correlates,” Psychology of Consciousness: Theory, Research, and Practice, 6(1), 22-39 (2019). https://doi.org/10.1037/cns0000168

[22] 斎藤稔正, “変性意識状態と禅的体験の心理過程,” 立命館人間科学研究, 5, 45-53 (2003). https://www.ritsumeihuman.com/publication/publication901/publication926/

[23] K. Hamasaki, N. Tojo, and M. Hosoo, “Physical acoustic characteristics of earphones and headphones required for the faithful reproduction of original spatial impression of immersive binaural sound,” Proceedings of the 24th International Congress on Acoustics, A05, pp. 357-364 (2022).


ほげぴよ

一覧へ戻る